「反応する手」で相手に触れれば、「反応」せざるを得ない。
逆に「反応しない手」で相手に触れれば、「無反応」せざるを得ない。
「プラスの方向性」で他人を見れば、「プラスの反応」をする傾向が。
逆に「マイナスの方向性」で他人を見れば、「マイナスの反応」をする傾向がある。
環境も同様のことが言える。自分がどう捉えるか?
他人や環境に対する事実認識は忘れてはならないが、自分がどの様に見るか? 捉えるか? によって未来が変わる。
未来の反応が変わる。
長年、練功を積むと、必ずクリアしなければならない壁、ブロックが現れる。身体的ブロック、心的ブロックの両方だ。
このブロック解除は、結局のところ、身と心の連動を断ち切ることに尽きる。連動があるから、マイナスの思い出が浮かんだ時に肉体が緊縮、硬直し居つく。そして嫌な感情が大なり小なり生じる。ある人は他人にぶつけ、ある人は内にこもり思い悩む。
ところが、連動しない人は、その様なことが起きない。
「そんな嫌な事があったけど、だからと言って、どうってことは無い」と平然としていられる。嫌な思い出を忘れ去った訳では無く、記憶は残っている。
最近やっと気付いたのだが・・・
練功を積むと自らの意識体を肉体から分離させる訓練をしていた、のである。そう、ドッキンングを外す訓練をしていたのだ。
ドッキンングを外した状態で不安定な状態で、動いたり技を掛けたり、このような特殊な状態で訓練をしている。
居ついて無い身体、フワッとした感覚、どこにも頼り所が無い身体、この様な状態だから技が効く(術が効く)。
3次元(の法則)から離脱するからこそ、効力が出る。
調子が良い時は、かなり上手くドッキングが外せていて、技が効く、術が効く。
逆にエネルギーの流れが滞ってない筈なのに、何故か調子が悪い、何故か技が効かない、何故か術が効かない・・・この様な時は、少しドッキングが残っている可能性が高い。
もう、この辺りまで読み進めると「反応する手・反応しない手」が分かって来たのでは?
自分の意識体のドッキンングを外した状態で相手に触れれば、かなりの高確率で反応しないはず。反応できないはず。
「反応する手・反応しない手」が明確に切り替えられると、技を掛けるのが簡単になるし、一人稽古でも、その状態で稽古が出来るようになる。筋トレも同様だ。
実際には他の技法、反応を伝える電気信号を化勁したり、同調作用や合気等も使うが、自分自身のドッキングを外すことが明確に意識できると、コツが掴み易いだろう。
