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【前編】「体が勝手に動く現象」の正体と、内発勁がもたらす技の究極進化

4月30日
読了時間: 4分

イタコや霊媒師、あるいは統合失調症などにおいて見られる「本人の意思とは関係なく、体が勝手に動いてしまう現象」。


これらは古くからオカルトや精神医学の枠組みで語られてきたが、私は身体操作と内部感覚を探求する立場から、全く別の一つの仮説を持っている。


それは、彼らが無意識下において、武術で言うところの「内発勁(体の内奥から湧き上がる微細なエネルギーの波)」を感知し、その波に乗らされる形で肉体が駆動しているのではないか、というものだ。その内発勁の出所については、ここでは探求しない。


通常、人間は「腕を動かそう」という脳からの指令(意図)によって筋肉を収縮させ、身体を動かす。


しかし、人間の内部には意図とは無関係に自律駆動している生命の波がある。これを武術の文脈で捉え直し、意識的かつ技術的に運用するシステムが「発勁」である。初期の発勁とはかなり違うことに驚いている方もいらっしゃるだろうが、現時点での進化的な解釈だ。


私の長年の研究と正中心練磨の実践の中で、この発勁の技術には、明確かつ劇的な「三つの進化の段階」があることが分かってきた。



第一段階:相手に打ち込む「発勁」


これが最も一般的で、多くの武術家が目指す段階である。


自らの内部で練り上げた発勁を、打撃や関節技に乗せて相手の肉体へと物理的に打ち込む。これは技を繰り出す側の意念を用いるため、純度(居つきの少なさ)がものを言う。


強力な破壊力を生むが、力のベクトル(方向性)が明確に外へ向かっているため、達人クラスの相手になるとその僅かな「意図の波」を察知され、防御されたり化勁されたりするリスクを伴う。



第二段階:自身を駆動させるエンジンとしての「内発勁」


発勁を外へ放つのではなく、自らが動くための「原動力」として内部で循環させる段階だ。


一般的な人間が行う意念で筋力を動かさずに内発勁をエンジンとして動くこと、プラスして第一段階のような相手の身体に働きかける勁力の流れを生じさせないため、「力み」や「攻撃の意図」というノイズが激減する。


結果として、相手はこちらの動きの「起こり」を脳や細胞で知覚できなくなり、力を無効化しようとする「化勁」のような高度な防御技術すらも機能し難くなる。


圧倒的なステルス性を持ち、技の効く確率が格段に跳ね上がる。



第三段階:相手の体内に「内発勁」を起爆させる


そして、現在の私が辿り着いた進化の最前線がここである。


自らの意念で「相手の体内の深い部分」に直接、内発勁を起こす。さらに、その引き起こした力に対して、こちらが意図する動きの「方向づけ」を与える。


この時、相手の脳は致命的なバグを起こす。


外から無理やり力を加えられたのではなく、「その人自身が発しているエネルギーをさらに大きなものへと誘発させた結果、内側から力が湧き上がり、自ら動いてしまった」と錯覚するからだ。


その人にとっては謂わば、各細胞が活性化されているようなものなので良いことでしかない。これを武術に応用している。


脳が「自分が動いた」と認識している以上、そこに抵抗や防御という概念は生まれない。相手はまるで操り人形のように、自らの力で無力化されていくのである。


もちろん武術なので、内発勁で生み出した力の「方向づけ」と一致する物理的な力を加えないと成立しない。と捉えておいた方が無難だ。


このような稽古をすると、仕手に内発勁をされながら技を喰らうので、稽古後には何故か元気になってしまう。


稽古前は気分があまり優れず終わったらすぐに帰ろうと思っていた塾生が、稽古後には元気になって、お茶会で一番、喋っていたなんてことも過去にはあった。


さらに驚くべきことは、この「相手の内部にエネルギーを誘発する」という究極の武術的アプローチは、人体の治癒や回復という「療術」の領域においても、全く同じメカニズムで劇的な効果を発揮することに気づいたのである。


(後編へ続く)

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