top of page
不完全、購入して学んで完成する画像_edited.jpg

前回の亜空間瞑想に続いて、今回は「亜空間集約 中心力」について深掘りしたい。


亜空間瞑想は、可能な限りシルバーコードを切って行う。気分は良いが、実のところ、その身体は非常に脆い。


前回の記事で詳述したが、高熱を出したほどで、身体にとっては異常事態だ。文章にしてみて論理的に考えれば分かり易いのだが、当時は武術の検証が無ければ気付けなかったのが以下の内容になる。


シルバーコードを切った状態では、武術的にも脆い、弱い状態なのだ。技を掛けてみると全く効かない。


実際、試さずに頭の中だけでシミュレーションしていると「そんなことはない、亜空間で瞑想をしているんだぞ!」となるが現実は残酷だ。そんな思い込みに答えてくれない。


気持ち(気の総量)も相手に負けているので効く気がしない、そして技も効かない…


では何故、この動画のように技が効くのか?



この世界で遍在のエネルギーを領域展開し、更に時空遍在で中庸・均等の集約を行う(中心力)、この正中心練磨の段階の方であれば、集約の感覚を身体で理解しているので、亜空間でも同様のことが体現できる。


意念では難しい。


身体で再現できる(躾けている)からこそ、亜空間という現実世界と違う感覚の中でも、身体操作で中庸・均等の集約が可能となる。どうも肉体を持っていないと出来ない技のようだ。


亜空間で瞑想し浸るだけだったのが、亜空間で中庸・均等の集約に変化する。


現在、正中心練磨の最先端を進んでいる塾生は、1回あたりの亜空間集約は数十秒間のみ。



あなたは、この現実世界での時空遍在での中庸・均等の集約は瞬時に可能だろうか? これが出来れば、亜空間で瞬時に集約することも可能となる。これを技に使う。


「ゆっくりよりも瞬時に」の方が相手に反応する隙を与えないのでより確実だ。もちろん、「無察相掌=相手が反応しない」ように行っているのは言うまでもないが念には念を入れて技を掛ける。



3つ目の動画では、発勁の解説をしている。この動画は合気クロスロード、栃木県足利市で行われた演武中の一コマ。


初めて肥田式強健術に生で触れる方たちが殆どだったので、発勁と言い換えているが、実はこれ、亜空間集約爆発を使っている。


同調作用の原理、意念の流れ等々、発勁に必要な主要概念を使っていない。


亜空間の中にいる感覚で、瞬時に中庸・均等の集約=爆発


これのみに集中して、その爆発によって身体が動いているだけ。シルバーコードを切ると脆くなるが、(切ったままで)亜空間集約爆発を使うと、その脆い状態を補ってあまりある程のパフォーマンス向上になり、通常の技よりも効きが良くなる。

 

先日、岩間合気道4段の格闘技実況アナ鍵野泰加彦さんとコラボ撮影を行った。既に何本か動画がアップされている。鍵野さんのチャンネルで全6本を順次公開予定。


格闘技実況アナ鍵野泰加彦チャンネル(既に公開されている動画)


撮影前に一度お会いして数時間、武術にまつわる色々な話をして今回の撮影に臨んだ。手合わせは撮影日が初めて。


1本目の動画で私が「あ、なるほど~」と言っている場面がある。これが今回、話したい内容だ。


手刀と手刀を合わせて崩すと言う、単純な技で効き具合の変化を見ることになった。先ずは私が塾生(全員、正中心練磨に移行している)に技をかけ、鍵野さんにも同様に体験してもらった。


結果、動画を見れば分かる通り、鍵野さんには発勁が非常に効き難い。速い発勁だと綺麗に効いている。


鍵野さんの身体運用法は、力でグッと無理やり下げる時に直ぐに気付いた。化勁では無い。腹を使って力を出すことを常としているのを直ぐに感じ取った。なので抵抗力が異常に強い。通常の人には出せない力だ。


岩間合気道は、合気道開祖である植芝盛平(1883年12月14日 - 1969年4月26日)の技術が色濃く残る合気道だ。植芝盛平と肥田春充(1883年12月25日 - 1956年8月24日)は同級生。ちょっとした驚きではないだろうか。

植芝盛平と肥田春充
植芝盛平と肥田春充

合気会、岩間合気道どちらも植芝盛平が関わっているのだが、鍵野さんは合気会ではなく岩間合気道を選んだ。今度、その理由を聞いてみたいと思う。


合気会の方から聞くところによると、岩間合気道の人達も時々、合気会の稽古に参加するのだが、合気会の人は組みたがらないそうだ。岩間の人は強く抵抗するから、が理由とのこと。


今迄、約10年ほど多くの方を指導してきて、ここまで明確に腹主体で身体を使う方とは初めて出会った。もちろん肥田式に興味があり、腹を使い強い力を出す方も過去にはいた。


丹田返しの場合は、腹が強いと言うより受けた力を意図的に腹を転換点にして返還する技法で、ちょっと違うのため除外。


鍵野さんから受けた印象は、昔の日本人の腹主体で動く、そして腹の強さを垣間見た気がした。


もしかすると、岩間合気道には植芝盛平と肥田春充が生きていた当時、まだ戦後以前の日本人の身体の使い方が色濃く残っているのではないだろうか?


私は、岩間合気道は鍵野さんしか存じ上げないので、他の方が同様な身体の使い方をしているかどうか分からない部分ではあるのだが… そこはご了承いただいて話を進めたいと思う。


因みに、岩間合気道の道場には肥田式強健術の本が置いてあるとのこと。


ここで過去に思いを馳せると、この頃から武道は2極化して行ったように感じる。 1 腹を重視する

2 腹を考慮しない


あくまでも仮説だが…

私が特に関わってきた合気柔術系で話を進める。


1は肥田式強健術や岩間合気道。八光流柔術もそうかも知れない(八光流が平田内蔵吉から学んだ内容に肥田式強健術が含まれていた)。


2は佐川派大東流など。私が門弟だった時期もあり内情が分かるために一つの例として名前を挙げさせてもらう。それから一般的な合気道。


2の人へは発勁、勁力が効く。もちろん化勁体質だと効き難くはなるが。1の人へは発勁、勁力が効かない(効き難い)!


何故か?


腹を使うので、基本的な力が強い。もしかすると、戦後以前(GHQ侵略以前)の日本では、発勁・勁力の様な力は流行らなかったのでは?と思ってしまう。日本人の基本的、地力が強すぎて。発勁は元々、中国武術の技術になる。


そう、この頃から2極化して行ったのではないだろうか?


佐川派大東流の佐川幸義先生は、嫌いな人の手は取らず、嫌いな人が稽古に参加すると、稽古場から去ってしまっていた様だ。これは、技が効き易い人のみを相手にし腕を磨いていたことになる。


腹主体で強い力を出す人は、技が効き難いので勿論、嫌いな人の部類になる。結果、腹を使わないことを前提の世界で進化して行く。


一方、腹を使う方は、更に腹に磨きをかける。双方のその先の未来は言わずもがな。


今回の撮影、鍵野さんガチで抵抗していた。もし、伸張力、勁力、発勁レベルしか出来なかったとしたら…


動画はダイジェスト版

勿論そんな時は忖度しているとのこと。かの有名な方の時も忖度したそうだ。と言うか忖度しなければいけない雰囲気だったそうだ。


私の知り合いにもいるが、腹を使わなくても優れた身体能力で圧倒的パワーを発揮する人もいる。その様な人に、更に腹を練られたら大変なことになるのは目に見えている。


今回は、岩間合気道の凄さと腹を使わない武道・武術の脆さ、更に言うと昔の日本人の地力を垣間見れた様な気がして、とても貴重な体験が出来た。


今後も、格闘技実況アナ鍵野泰加彦チャンネルの方で順次動画が公開されるので、是非チャンネルを登録して頂いて、中心力の体得まで見て頂ければと思う。(武芸塾チャンネルでは、ダイジェスト版のみ順次公開)





 

正中心練磨に移行している塾生と「中心力のみよりも、中心力+遍流創出の方が、技が効くんですよね」と言う会話になった。


空間に流れを生じさせた方が、技を受けた時(抵抗した時)、自然に崩される感じになるとのこと。


そこで、仕手と受けを交代しながら、色々と検証してみることになった。


受け手での感想は確かに… 中心力のみでも圧倒的パワーで動かされる感じはあるのだが、中心力の姿勢を保持したまま遍流創出で技を掛けられた方が、より効く感じがある。中心力では崩されない様なシチュエーションでも、遍流創出を加えると崩されてしまうことも多々あった。


互いの相性やその時の体質などもあるので、何度も検証して答えを導き出すしかない。効き易かったり効き難かったりのバラツキは必ずある。



ここで、かねてからの疑問が沸き上がる。


中心力の姿勢を決めると、正中心へ向かう流れが生じるのではなかったのか?


目の前にいる相手は「吸い込まれるように崩れる」との意見が過去に出たことがあった。


正中心に集約するので、その様な流れが生じるのもごく自然なことだろうと、その様になるものだと決め込んでいた。中心力の姿勢を決めている限り、その流れが常に生じていると…


そうなると矛盾が生じてしまう。


中心力の姿勢を保持したまま、色んな方向への遍流創出は不可能な筈なのだが。冒頭で記載した「中心力のみよりも遍流創出も加えた方が効くんですよね」は成り立たないことになってしまう。ぐちゃぐちゃな流れが渦巻くことになる。


それを確かめるために、基本の動きである「同調作用の原理」で試してみることにした。

  1. 純粋に同調作用の原理を行う

  2. 中心力の姿勢を決めることに集中して動く(波は考えない)

  3. 中心力の姿勢を保持したまま、流れに集中


3 は無理なのでは?と思いつつも試してみると…なんと出来た。正中心を決めた時の充実感が薄らぐことなく。どうやら慣れると中心力の姿勢を保持したまま、遍流創出が可能になるようだ。


中心力を知った初期は、その姿勢に集中していないと充実感が消えてしまっていたが(以前の記事でもその様に記載している)、身体を保持したままにすると充実感が消えない。


ここでも例に漏れず、慣れれば考えずとも、その状態が表せると言うことになる。


もしかすると、中心に向かう流れによって崩れる、吸い込まれるように崩れるのは、精度が甘かったためにその様な流れが生じてしまったのかも知れない。蓄勁が少し混ざってしまった可能性がある。


中心力の姿勢は、蓄勁とは違う。拡散しているエネルギーを正中心に集約できるような中庸・均等の全身膨張をするだけ。


ではそれを動画に納めたら違いが見て取れるのだろうか?との疑問が生じたため撮影したのが下記の動画だ。


違いは分かるだろうか?


3つ目の「中心力の姿勢を保持したまま遍流創出」は見ていて目を閉じたくなる衝撃を感じる。カメラに向かわず横から撮っているのに…


因みに2つ目は、中心力の姿勢を決めただけで流れは一切、考慮していない。その動きをしているだけ。それでも1番目よりパワフルに感じる。


この様に、動画でも違いが分かる程なのだ。


今後は更に、考えずとも中心力を保持する… この精度を上げることがとても重要なことなのだろう。

 
bottom of page