天蓋共振 〜閉ざされたシステム〜
更新日:2024年5月17日
武芸塾有料ブログは、ハイレベルかつ最新の情報を提供することが目的なので、かなりブッ飛んだ内容も公開している。
今回は、天蓋共振。
本当かも知れないし嘘かも知れない。だからこそ、実際に試してみてどうなのか? 有効なのか? を検証してみる。今迄もそうであったし、この思考法がなかったら「正中心練磨」や武芸塾の根幹を成す「中庸・均等」の原理すら気付けずに、右往左往していたことだろう。
共振は何となく振動だと分かるが、天蓋とは?
「地球」は読んで字のごとし球体。子供のころからその様に教わってきた。アメリカではearth、ドイツではErde、いずれも球を意味するBallが含まれていない。
一般常識では地球は球体であるが、一方でフラットアース説なるものが存在する。地球は平面だと言うのだ。
科学技術の進歩とSNSの発達で、ここ最近、一般の我々にも手にする情報が増えてきて、球体なのか? フラットなのか? と今まで全く疑問にも思わなかったことに気が向くようになってしまった。この様な情報は、5年前にはあまり無かった様に思う。
ここまで読んで、嘲笑する方も沢山いらっしゃるだろう。
しかし、古代文明ではこの世界をフラットアースとして絵画に残している。現代人風に言うと、球体と認識していない様に思われる。
地球が平面であることを歴史上、多くの古代文明が知っていたが、我々は学校では教わる機会は無かった。いや、現代の科学技術があるからこそ、古代の間違った認識(フラットアース説)を是正することが出来たと教わった様な記憶すらある。
インカ文明、シュメール文明、イスラム圏、ヒンドゥー教、ケルト神話、ナバハ族、ユダヤ教、北欧神話、マヤ文明。
※参考動画 この地球の天蓋のお話(本編)https://youtu.be/uQdWby03AYQ?si=tUKuq7jocRZfjbgG
以前から、站椿功を行う時は信じる信じないは取り敢えず脇に置いておいて、フラットアース、平面と捉えましょうと指導してきた。球体と捉えるよりパフォーマンスが上がるからだ。
垂直落下と言う技術もしかり。球体と捉えて垂直落下を行うと失敗する。よくよく観察してみると、上手く行く時は球体では無く平面と捉えて技を掛けていた。球体としての中心へ向かう微妙な角度が付いてしまってはNGなのだ。我々の本能は、あたかも平面と分かっている反応をする。
(私自身もそうだが)信じなくても良いのだが、その方が技が上手く効いて、パフォーマンスも上がるのであれば・・・ちょっと信じてしまう。現代の常識は球体かも知れないが、大昔のフラットアースの方が実は本当なんじゃないのか? と感じてしまう。
もし、私が悪人で時の権力者であれば間違いなく、球体説を一般大衆に教育するだろう。その方がパフォーマンスが下がるから。パフォーマンスが下がるということは、能力(脳力)も下がることになる。そうなれば自分が有利に立てる。
天蓋とは、これら各文明の絵画に描かれている丸い天井の蓋のことである。大地は平面で天井に蓋がある世界。
今迄、色んな技術に気付けたのは「違うかも知れないが、そうだと仮定してやってみたら、どうなるのだろう?」と考え実験、検証、取捨選択してきた。今回も同様だ。
この天蓋についても少し前から感じていたことがある。
それは、共振させると凄そうと言うことだ。薄々、感じていた。フラットアース説は数年前から知っていたが、本気で天蓋と共振させようとは思わなかった。
この文章を執筆する以前、11月中旬から本格的に天蓋共振を行ってみた。
正中心練磨を行っている方であれば、他と共振することは理解できるだろうし体現できるだろう。そこまで行っていない方にとってはチンプンカンプンな話に聞こえるだろうが、練功が進むと、ごく自然なこととして分かるようになる。
天蓋に共振させると、パワーが凄い。今迄の比では無い。かなり強い。これは昇降練気や今まで培ってきた遍在のエネルギー以上だ。
比較対象として、球体かつ無限大の宇宙と仮定すると、そのパワーがどんどん抜けて行って、腑抜けと感じてしまうほど。とは言え「無限大の感覚=進行形の感覚」は重要だ。
これを知ってしまったら、もう後には戻れない。天蓋を信じざるを得ない。いや、信じなくても、実際にある天蓋にいつでも共振させたくなってしまう。
ここで、ふと気付く方もいらっしゃるだろう。それ空想の天蓋で出来るんじゃないの?
私も勿論そう感じたので、仮に空想の天蓋を思い描いて共振を試みたが、上記の様なパワフルな感じにはなれなかった。実際に共振するところまで広げて行って、本当に天蓋がある位置で共振が起こる。だからこそ、本当に天蓋があるのでは? と思わざるを得ない。
太古のシャーマンであれば、この様なことが内的感覚を研ぎ澄ませて感じれられ、それを絵画に残していても、おかしくないのではと思う。
正中心練磨を行っている塾生にも試してもらったが、同様に「パワーが凄い、もうこっちが良い、手放せない」と驚いていた。
さぁ、あなたはどう思うだろうか? 固定概念を手放して、取り敢えず試してみるだろうか? それとも見なかったことにするだろうか?
事実がどうであるかは、一部の権力者のみ知りえることで、われわれ一般人には一生、知る由も無い。しかし、自分自身の内的感覚を研ぎ澄ますと見えない世界が感じられ、そして感じられると言うことは、そのパワーを使いこなせることでもある。
そして日常生活でも色んな場面で活用することが出来る様になるのだ。




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