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不完全、購入して学んで完成する画像_edited.jpg

身体操作や療術を探求する世界では、天才・肥田春充が創始した「肥田式強健術」、そしてその治療補助として考案された「強圧微動術」の名を知る者は少なくないだろう。


しかし、もしあなたがこの術を「物理的な指圧や手技の一種」として捉えているならば、それは致命的な誤認である。本物の強圧微動術とは、正中心練磨によって獲得した繊細精妙な感覚を持ってして対象者に感応させ、細胞や神経の根源レベルから生命力をダイレクトに操作する極めて高度なテクノロジーだ。


誤解を恐れずに言えば、触れずに施術することさえできる。


今回は、武芸塾生でもあり、Healing &Amuletプログラムの強圧微動術コース を受講しマスターしたある塾生が、愛する家族の大手術において西洋医学の予測をことごとく覆した、驚異の実体験を紹介しよう。


強圧微動術、肥田式強健術

宣告された過酷な手術と、遠隔から干渉する「秘術」


事の発端は、塾生の奥様が「頚椎の神経圧迫」という深刻な症状に見舞われたことである。

すでに左半身には強い痺れと激しい痛みが走り、握力も著しく低下していた。


頚椎という極めて繊細な領域の手術であり、担当医からは「手術には2時間半から3時間半かかる」と宣告された。さらに、術後の経過観察やリハビリを含め、「10日間から2週間」の長期入院が必要になるという大手術であった。


普通であれば、家族はただ病院の待合室で無事を祈ることしかできない。しかし、強圧微動術を修めたこの塾生は発想が違った。


彼は手術前から、奥様に対して「遠隔」で強圧微動術を行っていたのである。


物理的な接触を必須とする一般的な施術からすれば、遠隔などオカルトに聞こえるかもしれない。だが、我々が探求する次元において、遠隔とは互いの空間を越え、意識や細胞を接続させる純粋な術理の応用だ。触れているか触れていないか、は関係ない。


彼は、深い次元・無段階別次元から対象の内部空間へと介入し、手術という巨大な肉体的ダメージに耐えうる強靭な「生命力の土台」を、術前にあらかじめ構築していたのである。



手術室を支配する「空間制御」のカラクリ


そして迎えた手術当日。


塾生のアプローチは、奥様への遠隔療術だけにとどまらなかった。彼は待合室にいながら、手術が進行しているオペ室全体を包み込むように「空間制御」を実行したのだ。


空間制御とは、場そのもののノイズを消し去り、そこに関わる人間が最も高いパフォーマンスを無意識下で発揮できるようにする高度な空間操作術である。


彼が行ったのは、執刀医や看護師たちの脳内にある「居つき(迷い、焦り、緊張)」を、空間ごと外す作業であった。術者の手元から一切の滞りを消し去り、完全なフロー状態へと導くクリアな環境を、深い次元から構築し、医療チームを完全にバックアップしたのである。


結果はどうなったか?


「2時間半から3時間半」と見込まれていた手術は、なんとわずか「1時間半」という驚異的な短時間で完了した。執刀医の技術が最高度に引き出され、一切の迷いなくスムーズに進行した明らかな証左である。


空間制御によってスムーズに行く世界を構築した結果、想定をはるかに上回るスピードでオペが終了したのだ。



限界を突破した肉体と、次なる「正中心練磨」の階層へ


さらに驚くべきは術後の回復プロセスである。


実は手術後、出血量自体は想定される基準よりも多い状態であったという。医療のセオリーであれば、出血量が多ければ術後の経過観察を慎重に行い、入院期間を延ばすのが絶対だ。


しかし、担当医は奥様の状態を診て、早々に「退院の許可」を出した。


手術前からの強圧微動術によって、奥様の根源的な生命力が高められていたためと考えられる。また、延命の法(パイプを太くする)も同時に行っていた。


出血量という表面的な数値を補って余りあるほどの「絶対的な回復のエネルギー」を、医師が本能的に感じ取ったからに他ならない。


結果として、「10日間から2週間」と言われていた入院期間は、たったの「4日間」へと劇的に短縮された。長らく悩まされていた左半身の痺れや痛みはかなり改善され、落ちていた握力も明確に向上しているという。


西洋医学のデータすら凌駕するこの圧倒的な回復劇は、強圧微動術、延命の法、空間制御が見事に結実した成果である。


奥様の窮地を自らの「術」で救い出したこの塾生は、術の威力を当然の如く感じていた。それほどごく自然にこなしていたのだ。


現在彼は、「正中心練磨」のより深い階層の探究へと日々、稽古に励んでいる。


一度でも「術が現実の物理世界を変える」という決定的な成功体験を得た人間の練功は、熱の入れ方が違う。今後もますます精進して行くだろう。


肥田春充が命を懸けて遺した強圧微動術、そして武芸塾が提唱する正中心練磨の教えは、過去の遺物ではない。己の身体を極め、次元を超えた認識を手に入れれば、それは愛する者を守り、現実の危機を打破する「最強の武器」となるのである。

 

先日、今は稽古に参加していない元塾生と交流する機会があった。 彼は以前、当塾の稽古に参加し、「合気」や「神」の領域まで学んでいた。


当時、他の塾生数人とトラブルを起こし、結果として塾を離れた過去を持つ。なので私一人だけが感じていることを文章化している内容では無い。現在は別団体を主催し活動している。


久々の交流となったわけだが、彼の口から出たのは、自身の明らかな勘違いに基づいた自論と武芸塾に対する批判であった。


彼の言い分は、「代表(私、緑川のこと)は他の団体や人物を批判ばかりしている」「自分が一番だと思っているのではないか」というものだ。その他に関しても批判をしていた。



私の明確なスタンス


この場を借りて、私のスタンスを明確にしておきたい。


武芸塾には、決して安くないお金を払い、真剣に己の身体と向き合いに来ている塾生たちがいる。その彼らが「あの指導者はどうですか?」「あの団体の技はどうですか?」と真剣に問うてきた時、私は彼らの成長を第一に考えるからこそ、良いものは良い、悪いものは悪いと、一切の忖度なくハッキリ伝えているだけである。


内的練功の上達に対して致命的な妨げとなる「内的エネルギーの滞り」「居つき」に関しては、とてもにシビアに見ていて、その観点から助言している。


もしここで、誰からも嫌われまいと耳障りの良い言葉を並べ、「みんな素晴らしいですよ」などと誤魔化してしまえば、塾生はそれを信じ込み、貴重な時間を奪われ、上達への道を見失うことになる。


私から言わせれば、それこそがお金を払って教えを乞う者に対する「詐欺行為」に他ならない。だからこそ、私は真実を包み隠さず直言する。


しかし、彼にはこの「指導者としての責任と誠意」が全く理解できないようだった。なぜ、これほどまでに本質が伝わらないのか。疑問に思いながら長時間の対話を続けていたが、最後の最後に彼が自白した一言で、すべての謎が氷解することになる。


「実は、『居つく』と『居つかない』の違いがわからない」


我が耳を疑った。 武芸塾の練功において「居つき」の有無を感知し、それを排除していくことは、すべての身体操作の土台となるものだ。


「合気」や「神」という高度な階層まで学んでいたはずの者が、武術において最も致命的かつ基礎的な概念を理解していなかったのだ。


なぜ、基礎中の基礎が欠落したまま、そこまでの段階に進めてしまったのか。それには、私自身の過去の指導環境にも原因があったのではないかと思う。



空間制御・空間操作


当時の私は、塾生たちに「最短最速で上達して欲しい」と願うあまり、稽古場の空間そのものを私が強烈に制御(コントロール)していた。


最近、明確に分かるのは、私が「上手くいくように」と意図を持って見つめるだけで、塾生は自力ではなく、その意念の力に引き上げられ、「理屈は分からないが、なぜか上手くできた」という現象が起きてしまうのだ。その塾生の状況も関係するため100%では無いが…。


つまり、この問題の元塾生は、自らの内部感覚で「居つき」を解消していた訳ではない。私の強力な空間制御という「補助輪」に乗った状態で、なんとなく「合気」や「神」の階層をなぞれてしまっていただけなのだろう。


その「できたつもり」になる弊害に気づいた現在は、各自が本当の実力を自力で養えるよう、あえて空間への過度な制御を行わないようにしている。補助輪を外せば、ごまかしは一切効かないからだ。



こちらは当然、彼が自力で「居つき」を解消し、その共通言語を分かっているものとして会話をしていた。基礎OSが全く違うのだから、会話の歯車が噛み合うはずがなかったのである。


彼は自らの勘違いによる失礼な自論を語り続け、その致命的な認識不足を修正するつもりも一切ないようだった。


このまま彼との関わりを持てば、真摯に正中心を求めている他の塾生たちに対し、確実に悪影響を及ぼす。我々の場は、本気の求道者だけが集う純度の高い空間でなければならない。


よって、私は自他への影響を断ち切るため、彼に対し明確に「武芸塾 出入り禁止」の処分を下した。


居つきは、初めは分からないものだ。しかし練功を続けていけば、違いが明確になる。これまでの指導実績があるので、自信を持ってそのことを言える。


今はまだ分からない、という方は焦らなくても大丈夫。謙虚に練功を続けていけば、そう遠くない未来に分かる時が来る。


「居つき」という自己のノイズから目を背け、耳障りの良い言葉だけを求める者に、武術・術の深淵は見えない。 我々はこれからも、本物を求める少数精鋭の同志たちと共に、甘えのない真実の道を歩み続けるだけである。


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居つき解除の感覚が掴める、練功用動画を最近公開した。こちらを聴きながら站椿功や練功を行うと、感覚を早く掴めるようになる。このようなツールを使って早く上達し、その先の課題に取り組んで頂ければと思う。



 

今回は、武術の稽古を通じて発見した、少し不思議で奥深い真理について話したいと思う。肉体や技術の習熟度だけではない、見えない力が技の効きに大きく影響している。



締め付けが技を妨げる?


事の発端は、ある日の稽古での出来事。


締め付けの強い服を着ていた塾生が、何故か技がスムーズにかからない。何度試しても、技が甘くなり、相手に抵抗されてしまう。ところが、その服を脱ぐと、いつものように技がかかる。


この経験から、以前にも、締め付けによって技が弱くなる現象を何度か目の当たりにしていたことを思い出した。現象は知っていたが、これは一体どういうことなのか? 



指に巻いたテーピングの不思議


身体の締め付けが技を妨げるのであれば、ごく小さな部位でも同じことが起こるはず。と言うことで、指にテーピングや絆創膏を巻いてみるとどうなるのか? 実験を試みた。


結果は… ほんの小さなテーピングが指に巻かれているだけなのに、技の効きが明らかに悪くなる。技が全くかからなくなることもあれば、相手に抵抗されて技が不完全になることも。


これ自体大きな発見ではあるが、さらに私はある一つの真理に気付いた。


技の効きは、肉体そのものや技術の習熟度だけでなく、その肉体の「周囲の空間」にも大きく左右されるのではないか…


武術の世界で言う「居つき」とは、動きが滞ったり、不意に力が入りすぎたりして、相手に抵抗する「拠り所」を与えてしまう状態を指す。


テーピングを巻くことで、肉体だけでなく、その周囲の空間にも「居つき」を生じさせ、技を防ぐ側が無意識にそれを察知し、抵抗の「拠り所」にしてしまっているのだ。もちろん、テーピングを巻いた本人が居つく空間を生じさせている。



長年の練功がもたらした「能力」


この仮説をさらに検証するため、後日の稽古で塾生たちに協力してもらい、さらに踏み込んだ実験を行ってみた。


まずは、指にテーピングを巻いた状態で技を試してもらい、技の効きが甘くなることを確認。次にテーピングを外し、通常通り技がかかることも確認できた。やはり皆、一様に技の効きが悪くなっていた。


次に、私が「意念」で塾生の指周りの空間を「居ついた空間」にする試みを行った。


この、空間が「居ついている」状態を手に取るように感じ取る能力は、長年の練功の賜物。私にとって、空間を「居つかせたり」「解除したり」することは、まるでスイッチを切り替えるごとく容易にできる。


結果は、試した3組の塾生すべてで同じ反応だった。私の意念によって指周りの空間を「居つかせた」途端、技の効きが明らかに悪くなった。これは、技を防ぐ側が、目に見えない空間の変化を本能的に察知し、そこに抵抗の「拠り所」を見出していることを示唆している。



空間の「居つき」を感じ取る方法


では、どうすればこのような空間の変化を感じ取れるようになるのか?


これは深い次元、または別次元でその空間を感じ取ろうとする意識を持つことが重要。合気が分かる方であれば「空間に合気をする」と感じ取りやすい。


まずは、簡単な実験から始めてみよう。


  1. 指にテーピング、または絆創膏をきつめに巻いて、その指周りの空間に居つきが生じているのを感じ取ってみる。

  2. 次にテーピング、絆創膏を外した時の空間の「軽さ」や「透明さ」といった違いを感じ取る。

  3. 最後に、意念で先ほど覚えた「居ついている感覚」を空間に表してみる。


きつめに巻いた時に居ついた感覚、締め付けられた感覚を残したまま、2を行うと「軽さ」「透明さ」は感じられない。これもヒントになるだろう。


もし意念によって居ついた空間が作れたら、今度は逆に「居つかない空間」に意念で変化させてみる。


この信じられない変化を体感できれば「そんなことはあり得ない…」という固定概念がなくなり、武術の技はより効きやすくなる。上手くいかない時、空間はどうなのか?も自然とチェックするようになるだろう。


私たちの身体や精神は、私たちが思っている以上に、周囲の空間と密接に繋がっていると言える現象だ。



指導者としての責任


今回の発見は、指導者としてのあり方にも大きな気づきを与えてくれるものだった。


私は、意念によって空間を意図的に「居つかせる」ことに気づけたため、相手を上手くさせたり、逆に技を掛けにくくさせたりすることが、より明確に可能となった。


これは一見すると素晴らしい能力に思えるが、指導においては非常に危険なことでもある。なぜなら、私自身がニュートラルな状態で指導しなければ、塾生は自分の本当の技の効きを正しく知ることができず、上達の妨げになってしまう。



今回の経験を通じて、武術の真髄が、単なる肉体的な強さや技術の鋭さだけではないことを改めて認識できた。技の効きは、肉体と、その周囲の空間が織りなす繊細な関係によって成り立っている。


今回、塾生同士の実験に夢中で、自分が試すのをすっかり忘れてしまった。次の機会に試してみたいと思う。


 
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